会談記録(カイェク視点) 



 同盟軍へ3度使者を送ったが、これらはすべて首となって返ってきた。連中、えらく強気でいやがる。それとも全滅覚悟なのか?死んで錦を飾りましょうというやつか?このプライドの塊のような王国軍が、たかだか内乱ごときに竜騎士を出張らせたんだぞ?その上、まだ生きるチャンスをやろうと言ったんだぞ?

 それをやつら、完全に無視してきやがった。まさか死ぬことが美しいなんて思ってんじゃないだろうな?お前らが殺してくれた味方の死体で、いくつ穴、掘らされたか知ってるか?何百、何千って死体の処理だぞ。敵国のならほったらかしておくんだがな、自国の人間の死体はそうもいかないんだよ。最初はでかい穴掘って、どかどか放り込んじゃ埋めてたんだが、最近じゃ穴掘る手間も惜しいってんで、死体山積みにして油かけて焼く始末だよ。軍の中で最強を誇る竜騎士でさえ、死んだらただの死体だってんで焼かれてるんだぞ?
 お前らは少し強すぎたな。とうとう俺まで引っ張り出されることになったよ。俺はな、イヤでイヤで仕方なかったんだ。

 だいたい俺たち竜騎士ってのは、外国からの一大勢力が攻めて来たぞーっ!ってときに、全力で戦うためにあるんだ。そのはずだったんだ。お前らがレジスタンスだったときはまだよかったさ、ただのテロリストだったからな。だがそこへ革命軍なんてものが登場した。この二つが手を組んでくれたもんだから、大騒ぎだよ。ただのテロリストだったものが、同盟軍なんてご大層なもんになってくれて、俺たちが駆り出されるはめになりましたよ。
 聞いたらその同盟も、レジスタンスの女代表が決めたって言うじゃないか。馬鹿が。お前がそこで革命軍を受け入れさえしなければ、俺だって出てこずに済んだんだぞ。馬鹿が。

 だが、やつらは4度目にして、ようやく和議の会談を受け入れた。ここまで王国軍が譲歩したのも前代未聞だが、ようやく折れたということだ。上から言われて筆をとったとはいえ、俺も書いた甲斐があったというものだ。…そう思ったが、あの馬鹿、この俺を指名して会談を要求してきやがった。こっちが適当に将の中から相手させるつもりでいたところへ、これだ。俺はイヤでイヤで仕方なかった。本当にイヤだった。

 見たかないんだ。お前の姿なんか見たかないんだ。お前の顔なんて見たかないんだ。なんで俺を引っ張り出したがるんだ。俺はイヤなんだよ。見たくないんだよ。お前、片目が無いっていうじゃないか。片足が無いっていうじゃないか。もう頭もおかしくなってるっていうじゃないか。見たくないんだよ。会いたくないんだよ。知りたくなかったんだよ。畜生。

 書記がすぐ近くで震えている。震えながら同じことばかり繰り返してくる。
 
 「あのう…本当に帯刀なさらなくてよろしいんですか?」
 「俺のほうが強い。大丈夫だ」
 「しかしですね、相手は魔女ですよ。セイレンですよ」
 「俺だって似たようなモンだよ」
 「けれど、テントの外に警護くらいは必要ではないですかね?」
 「あっちが一人で来ると言ってるんだから必要ない」
 「そうですよね。けれど、やはりなにか武装なさったほうがよろしいんじゃないですか?」
 「必要ない。俺のほうが強いんだから」
 「でも来るのは魔女なんですよ?」

 これの繰り返しだ。この書記には気の毒だが、しばらく勝手におびえててもらおう。

 予定の10時少し前になって、テントの外がなんとなく騒がしくなった。同盟軍代表が着いたか。しかし、何か妙だ。

 「キィイイイイイーーーーッ」
 
 カン高い音だか声だかが聞こえた。何だこりゃあ?陣の中がざわざわしている。何か珍しいものでも来たかのような…。
 そして、パチパチパチ…と手を打つような音がした。なんなんだ一体。外に出てみると、兵たちを前にして、女が一人、手を打って笑っていた。

 「キャハハハハハハハハハ…」

 何がおかしいのか、手をたたきながら笑っている。笑いながら、このテントへ近づいてくる。兵たちは女を避けるようにして道を空け、このテントが会談の場であると無言で教えた。女は帯刀していた。2本の刀だ。『双刀のセイレン』のお出ましだった。

 それにしてもとんでもない格好で来てくれたもんだ。戦場に似つかわしくない、派手な赤い衣装を、さらに破いて、左足を腿までむき出しにしている。その左足の膝から下は粗末な義足だった。衣装をわざわざひきちぎってまで、見せ付けるようにしてきたのか。にこにこと笑うその口元には、これまた真っ赤な紅が塗られている。右目には眼帯だ。
 そしてぞろりと腰まで伸びた長い長い黒髪が風になびいて、一層狂女と呼ばれるにふさわしい格好を演出している。

 女は、テントの入り口を持ち上げているのが俺だと気付かないのか、そのままにこにこと中へ入った。書記が青ざめている。まぁ当たり前だな。
 テントの入り口から手をはなし、バサリとおおげさな音を立ててみた。女は振り返り、俺の姿を見つけて、微笑んだ。
 もともとコイツはこんなふうに可愛らしい笑顔の持ち主だった。コイツは、歌が好きで、小さな物が好きで、子供が好きで、感激屋で、泣き虫で、夢見がちな、いつまでも少女のような女で、まともな恋も知らず、子も産めず、自身もう長くは生きられないと知らされ、あげくに人の道から外れ、大量の人間を殺し、片目片足を無くし、ついには気が狂った、不幸な女。

 これが俺の妹か!畜生!

 10時になり、着席するよう促して、俺たちは座った。何が嬉しいのか、この女、テントの中を見回してはにこにこしている。そこでふと、香水が匂うのに気がついた。この香りには覚えがある。まだコイツがまともだったころ、俺が贈った香水だ。まだ残ってたのか。それとも新しく買ったのか。
 妹は、いかにも男を誘い、ひきつけそうな香りは好まなかった。だから俺は、雪の香りを再現したと言われる隣国で有名な香水を一つ買ってやった。妹はこの香りをいたく気に入り、常に持ち歩いていたと聞いた。もったいないから特別なときにしかつけないのだとも聞いた。

 狂った頭でも、香水をつけることは覚えていたらしい。わかったよ。この会談はお前にとって特別なんだな。わかった…わかった…。

 書記に目配せし、筆を手に持たせた。

 「では話し合いを始めてよろしいでしょうか」
 「はいっ」

 にこにこと答える妹が哀れでならない。俺は歯を食いしばって涙をこらえた。畜生。なんでお前がここまで追い詰められなきゃならなかったんだ。気が触れるまで、誰も何もしてやらなかったのか。

 「今回の会談の提案を受け入れていただき感謝いたします…」
 「はい」

 だが、これで終わりだ。お前たちは降伏する。何人いるのか知らんが、ちゃんと考えてあるんだ。ある者には別の名前と身分を与えて、この国の各地に送る。当然、また集まって決起なんてできないような配置にしてだ。また別の者は軍の中に置いて、働いてもらう。惜しい人材があるのは確かだからな。
 そしてお前は、…妹は、どこか、静かなところでやすませてやる。その頭が治るかはわからんが、俺は毎日会いに行ってやるよ。毎日好きなだけ歌っていい。毎日好きなものだけに囲まれて過ごせばいい。毎日好きなだけ好きなことをしていればいい。あと数年の命なんだ。俺はできる限り仕事を減らして…そうだな、お前が死ぬまで何年か休職しようか。それでもいい。お前に毎日会えるようにな。その狂った頭で、せめて死ぬまでは幸せにいてくれよ。お前がそんなふうになった責任は俺にあるんだ。
 
 お前がこの会談を受けたときから、必死で俺は動いたよ。行方不明のまま死体も見つからず、かつ天涯孤独だという「使えそう」な人間の名前はないかと。軍の中でも特別秘密主義で、プライベートには一切触れないという部署に空きはないかと。その結果、意外といくらでも「使える」名前はあったし、秘密主義の部署にも多少ながら人をねじ込む余地があることが分かった。お前たちの今後は俺の責任でなんとでもなるんだ。

 しかし、なにやら雲行きがおかしかった。女が口を開いた。

 「ただし、一つだけ先に申し上げておきたいことがあります。よろしいでしょうか」

 何を言う気だ。
 子供が親に、満点の試験を見せに行くときのような、誇らしげな表情だった。

 「どうぞ」

 女はにこにこと、剣を抜き、テーブルに突き刺して見せた。書記が小さく「ひっ」と言った。

 「まず!私どもに降伏の意思は無いということです!」

 ガンと頭を殴られたような衝撃を感じた。目を見開かずにはいられない。貴様、なんて言った?なんて言いやがった?え?なんだって?
 だが女は相変わらずにこにことしたまま二本目の剣を抜き、一の剣と交差するように、テーブルに突き刺した。テーブルに二本の剣で上手にバッテンを作り、それを嬉しそうに両手を開いて見せ付けてきた。

 「私を含めた残りの同盟軍15名、全員の一致した意見であります!それだけをお伝えしに、本日は参りました!」

 降伏しに来たのではなかった。コイツは、ただこれを言うためだけに来たのか。ただこれを言うためだけに。女は笑っている。嬉しそうに嬉しそうに俺を見ている。「兄様誉めて!私はがんばったよ!」と言った、かつての妹の表情によく似ていた。
 俺は黙って椅子から立ち上がると、女に近づいた。どうしてやろうと言うわけではなかった。このまま、テーブル越しのままではいけないような気がしただけだ。胸が詰まって、涙が出そうなのを、唇を噛んでこらえていた。

 「……これまで三度送った使者への対応から、今回は降伏してくださるものだとばかり思っていましたが…」

 そうだ。そう思っていた。だから何日も徹夜でお前たちの処遇を考えた。もうお前たちは降伏するものだとばかり思っていたからな。誰もが疑わなかったんだ。
 だって、3回も使者を送った挙句、全部首にされて返されて、王国軍側がどれほど憤ったかわかるか?そして、今回の会談を同盟軍がやっと受けたと聞いて、とうとう降伏するのだと誰もが考えた。もうわずかしか人間がいない同盟軍だと知っているからだ。わざわざ会談を受ける意味が他にあるか?

 それが、「降伏しないという意思を伝えるために来た」だと?ならなんで4度目の使者の首を斬らなかった!?

 「これが最後だからです。おそらく近いうちに私どもは全滅するでしょう」

 そして少し息をついて、まだ続けた。

 「あなた方の攻撃によって死ぬでしょう!」

 女はいかにもあぶらの乗り切った役者ですよと言うがごとく、鷹揚にセリフを吐いてみせた。こっちを見やしない。誰に言ってるつもりなんだ、この馬鹿。
 何が“最後だからです”だ。同盟軍は狂人ばかりなのか?何かの芝居と勘違いしてるんじゃないのか?誰の考えを押し付けられたか知らんが、自ら不幸になろうというやつはおかしいんだぞ?なぁ、誰だ?コイツにこんな役目をさせたのは誰だ?よりによってコイツを選んだやつはどこのどいつだ!?

 畜生。この馬鹿、俺が近づいても壁に向かったまま笑顔を崩さない。
 
 「おそらくはそうなるでしょう…」

 無理やり顔をこっちに向けてやった。テメエの首の筋がおかしくなろうが知ったことか。おい、お前はおかしいぞ。正気になれよ。ここがどこだかわかるか?俺がわかるか?誰だかわかるか?

 「だからこそ私たちは何度も降伏を勧めてきたのです!あなたがたは、このような内乱で無駄に使い果たすべき人材ではないと!こちらは判断していました!」

 駄目だ。しゃべり出したら、歯を食いしばることも、唇を噛むこともできない。涙が堰をきってあふれ出た。
 王国軍からすれば、降伏を勧めるのはたいてい一度。良くて二度というのが通例だった。それがこのたびの内乱においては、なんと4度も使者を送った。上からの指示だった。上がどういう考えなのか知らんが、付き合わされる俺たちはたまったもんじゃない。
 そしてやっと重い腰を上げさせたと思ったら、来たのはお前だ。

 だいたいな、俺はこの内乱に駆り出される前は、革命軍(そのころはただの不穏分子だったが)の連中が外国と手を組むかもしれないっていうんで、そっちの捜査に組み込まれてたんだ。俺はお前が絡んでいたレジスタンスなんざどうでもよかった。お前が選んだことだ、好きにやってくれりゃよかった。だがお前が革命軍と手を組んでくれたおかげで、俺はお前と全面対決する羽目になった。お前の知るすべもないことだったが、俺が、今回の戦場でいつも何を考えてたと思う?
 
 「今からでも降伏していただければ!それなりの地位も約束しましょう!」

 コイツはにこにこと嬉しそうに聞いているだけだ。肩を揺さぶろうが睨みつけようが表情一つ変えない。畜生。畜生。
 徹夜でお前たちの新しい名前だの軍籍だのを考えてた俺を笑いに来たのか、お前は。どうしてわざわざその姿を見せにきたんだ。どうして俺の知らないどこかで死んでくれなかったんだ。おい、俺がこの戦場で、いつも何を考えてたと思う?なぁ。
 
 「先ほど申し上げたとおり、私どもに降伏の意思はありません」

 カラクリ人形みたいだな、おい。同じことしか言いやしねぇ。
 なあ、おい、俺がな、戦場でな、いつも何を考えて戦ってたと思うよ。お前なんか、どっか俺の知らないところで死んでくれと思ってたんだぞ。魔女が片目をなくしたらしい、セイレンが片足をなくしたらしいと聞いて、頼むから早く死んでくれと思ってたんだぞ。なんでそんなに苦しい生き方を選んだんだ。頼むから早く死んでくれ、俺の知らないところで死んでくれと願ったこの数ヶ月の苦しみがな、この話し合いでやっと解けると思ったんだ。
 そしたらお前は死にに来たと言う。見たくもなかった姿を見せ付けて、死を選ぶと言いやがった。馬鹿。勝手に死ね。なんで勝手に死んでくれないんだ。なんで俺に会いに来た。情けないほど涙がぼたぼたこぼれた。止まらない。

 「たとえ生き延びて、王国軍に籍を置く身となったとしても、私たちはあなたたちのお仲間をたくさん殺してきたのです。どんな待遇が用意されていたとしても、あなたたちは心からは受け入れてはくださらないでしょう」

 お仲間をたくさん殺してきたから?そんなもん戦争じゃお互いサマだろうが。こっちだってお前の仲間を殺しまくってきたんだからな。どうしても自分たちはキレイな心の持ち主だとでも主張したいのか。死ぬことでキレイに終わらせようってのか。
 死ぬことは格好良くもなけりゃ、美しくもないぞ。腐って、埋められて、焼かれて、なんだぞ。そっちのほうがいいってのか。汚泥にまみれて自力で生きることより、後始末だけ他人に任せて死ぬことを選ぶか。この馬鹿が。馬鹿が。

 「私たちは印の子であり、異端なのです。もう耐えたくはありません」

 俺だって印の子だ。お前たちの苦しみが分からんわけじゃない。だがな、お前たちはどうして俺たちが耐えてこなかったと思うんだ?自分たちだけ辛かった?自分たちだけ苦しんだ?そんなこと考えて戦ってきたのか?まるっきりガキの考えだ。

 この俺が貴様らと同じ思いをしてこなかったとなぜ思う!?

 「いいや…耐えていただく…!あなたがたの力は惜しい…。この国にとって大きな力となるでしょう!そう…思えばこそ…何度も使者を送ったのです…」

 耐えろよ。耐えて生きてみろよ。馬鹿どもが。腑抜けどもが。
 なんだか力が入らない。涙を流すってのは、案外体力を消耗するんだな。ぺたっとその場に座り込んでしまった。俺が用意したものは全部ムダだったわけだ。こいつら、おかしいんだ。頭がおかしいんだ。最初から何を言っても無駄だったんだ。

 「大変ありがたく思います。しかし私どもの意志は変わりません。その心を伝えるために私はこの場へ来ました」

 だらしなく泣き続ける俺を哀れんだのか、ハンカチを差し出された。ふわりと例の香水が香った。それはお前に贈ったものじゃない。まだまともだったころの妹に贈ったんだ。貴様ごとき狂人が使っていい香りじゃない。
 差し出されたハンカチを叩き落として、頭を抱えた。どうも時折、本当は正気なのではないかと淡い期待を抱いてしまう。話し方が滑らかで、整然としているからか、まだこれは救いようがあるのではないかと思ってしまう。

 「敵として対峙しながら、私たちの力を評価していただき、このような会談の場を設けていただいたことに、感謝してもしきれません」

 書記が戸惑っている。当然だろうな、俺たちの関係を知らないんだからな。コイツは俺の妹なんですよ、俺はコイツの兄貴なんですよ。言ってやろうか。実の兄妹なんですよ。
 無様に泣き出した俺の心情なぞわかりゃしないだろう。これが最強を誇る竜騎士隊の隊長サマだとはねぇ。呆れて物も言えないわなぁ。

 「この会談を提案してくださったのはどなたですか?」

 これ以上何を聞き出したいんだ?これの会談は上からの命令で決まったことだ。そのときは俺が筆を取ることで何が変わるものかと思ったが、「まあ書いてみろ」と言われ、書いた。俺が提案した、ということにしておけと言われて書いた。別にこだわる必要があったとも思えないが、その人には何か考えがあるらしかった。だからまあ俺の提案だということにしておく。

 「私です」
 「竜騎士隊の隊長殿自らのお誘いだったとは!本当に光栄に思います!」

 ぱっと目を輝かせた。何がそんなに嬉しいのか。本当は上司の命令だと知ったらどんな顔するやら。そんなことを考えていたら、女はかがんで俺の顔を覗き込んで、こう言った。

 「次の攻撃はいつでしょうかー?」

 これを聞いて、俺は女を張り倒し、首を絞めた。
 貴様、どこまで俺を侮辱すれば気が済む?ええ?
 この俺が、戦場でいつも何を思っていたか知ってるか?
 何を考えて戦ってたか知ってるのか?

 書記が慌てて止めに入ってきた。

 「まずいですよ!」

 ぐっと力を込めた腕をはなし、女を観察した。死んではいない。

 「気絶しただけだ。そのうち息を吹き返すだろ」
 「しかし…」
 「死にゃしない。これくらいで死ぬ女じゃない。見ろ、笑ってやがる」

 女は幸せな夢でも見ているように、穏やかな顔で小さく息をしていた。

 「あの…なんと書けばいいのでしょうか」
 「王国軍代表が乱心して女の首を絞めたと書けばいいんじゃないか?」
 「そんな」
 「なら好きなように書け」
 「困ります!」
 「どこまで書いた」
 「“次の攻撃は”までです」
 「なら“次の攻撃はいつでしょうか”まで書いておけ。続きはコイツが息を吹き返してからだ」
 「はっはい」

 書記は自分の机に戻り、少し書くと、筆を置いた。

 「ちょっと顔洗ってくる」
 「えっ!?」
 「さすがにこのままじゃみっともないからな。すぐ戻る」
 「困ります!その間に目を覚ましたら…」
 「まあ大丈夫だろ。すぐ戻るから」

 書記はまだ何か言っていたが、相手にせずテントを出た。顔を洗い、小便を済ませて、しばらくぼんやりとすることにした。体力よりも、精神が消耗していたらしいと気付き、深呼吸してみる。書記は仮死状態の狂人を前にしておびえていることだろう。目を覚まして俺がいないとわかったら、あの馬鹿、どう出るかな。書記を殺すかな。
 一時間ばかりそうしていたが、いっこうにテント内から音がしない。
 この時間をとったことで精神は安定したと見、テントに戻ったが、なんとまだ女は失神したままでいた。書記は律儀にその場にいた。職務に忠実なやつだ。

 女の顔を見たが、これは気絶というより眠ってるんじゃないのか?

 「まだ起きないのか」
 「はぁ…そのようで」
 「図太いやつだ。呆れたもんだ。ははは。お前はそうでなくちゃな」

 書記は怪訝な顔をしたが、特に追求もしてこなかった。なかなか賢いな。
 しかし、いい加減起きてほしい。俺は女の座っていた椅子を蹴り倒して「おい起きろ」と声をかけてみた。女は目を開けて呆けたように俺を見た。そしてまた笑顔を作った。
 
 さてと。ついさっき考えたよ、“次の攻撃”をいつにするかだがな。明日の朝だ。

 「明朝9時とします」

 これを聞いた書記が慌てて書き取り始めた。女のほうはふらふらと立ち上がり、にっこり笑って言った。

 「では明日、私は死ぬでしょう。みなにも伝えてよろしいでしょうか?」

 テーブルに刺した二本の剣を鞘に戻し、とっくに冷めていた紅茶を口に運ぶ姿を見て、改めてこの女のおかしさを知った。明日死ぬと言われて、まだ笑えるのか。明日仲間が全員殺されると聞いて、まだ茶を飲む余裕があるのか。
 ああそうだったな、お前たちはみんなおかしいんだもんな。
 何言っても無駄なんだよな。

 「私に止める権利はありません。それをわかっていて、まだお考えは変わりませんか?」
 「変わりませーん。最後に、この会談を設けてくださったあなたさまのご幸福をお祈りします。本当に感謝しています。それでは失礼いたします」

 ほらな。

 女は礼儀だとでも思ったのか倒れていた椅子を直し、一礼してテントから出て行った。書記の深いため息が聞こえた。

 「これで終わりですね」
 「うん、終わりだ。ご苦労さん」
 「あの…」
 「うん?」
 「明日は勝ちますよね?」
 「当たり前だ」
 「あの人も殺されるんですね」
 「そうだ」
 「ああ、よかった!」

 書記は心底安堵したというようにさらに深いため息をついた。こうして会談は終わった。俺は明日、妹を殺すわけだ。

 なあ、おい妹。
 俺がな、戦場で、いつも何を考えて戦ってたと思う?

 お前なんか、どっか俺の知らないところで死んでくれと願った。
 魔女が片目をなくしたらしいと聞いて、早く死んでくれと願った。
 セイレンが片足をなくしたらしいと聞いて、頼むから早く死んでくれと願った。
 頼むから早く死んでくれ、俺の知らないところで死んでくれと願った。

 頼むからこれ以上不幸にならないでくれと願った。
 頼むから降伏してくれと願った。

 もっとひどい思いをするくらいなら、いっそ早く死んでくれと願った。
 早く楽になってくれと願った。

 そして何より、戦場でお前に会いませんようにと願った。

 戦場に出るたび怖かった。
 お前に出くわすんじゃないかと。
 俺はお前より強い。
 お前には会いたくなかった。

 この俺の手でお前を殺すような羽目になりませんようにと願った。
 そうなる前に死んでくれと願った。

 “この会談を設けてくださったあなたさまのご幸福をお祈りします”か。
 格好つけやがって。
 俺の幸せなんか、お前の後でよかったんだ。馬鹿が。