トントントン。戸をノックする音。月の夜、それも日付も変わった時刻に、私の部屋に訪問者です。 私は手元の書物にしおりをはさみ、立ち上がりました。 戸を開けると、青ざめた顔をした少年が、ペットの子竜を抱きしめて立っています。 そう、またなのね…。 「今、ミルク温めてくるから、ソファにいなさいね」 少年は表情一つ変えず、うなづいて、静かにソファに腰掛けました。血の気の無い口元が、かすかに震えているようにも見えます。それには気づかない振りをして、私は階下の台所へ向かいました。 この子が「このごろ、変な夢を見る」と言って、初めて私の部屋へ訪れてきたのは、3ヶ月ほど前だったでしょうか。はじめのころこそ「変な夢だ」と言って、こうこうこういう内容だった、と首を傾げながら細かく説明してくれましたが、最近はどうでしょう。 どうやら、ただの「変な夢」からじわじわと、「怖い夢」、そして「恐ろしい夢」へと日を追うごとに変化していくようなのです。 彼はまだ12歳の少年です。夢で、とはいえ、自分の体験したその怖さ、恐ろしさを表現する言葉を知りません。ぽつり、ぽつりと夢の断片を話してはくれるのですが、自分の中に残る感情を吐露する言葉につまると、「う〜」と言って、苦しそうにソファに顔をうずめてしまうのでした。 初めて私の部屋へ訪れてきた、その夜と同じように、私はミルクを温め、せめて気分が落ち着くようにと飲ませてあげます。数日おきにやってくるこの子へ、これは習慣となっていました。彼は気分が落ち着くと、そのまま私の部屋のソファで眠ってしまいます。そして不思議なことに、朝になると夢の内容だけはすっきりと忘れることができるらしく、元気よく朝食をとりに行くのです。 夜に見た暗い表情はもうありません。そこで私はほっと安心します。 ただし、「怖い夢を見たから、途中で起きて、オウリスの部屋で寝かせてもらった」というのは、やはり恥ずかしいからと、この習慣は誰にも話さないと約束しています。彼からしたら、12歳にもなって怖い夢に怯えるなんてことは格好悪いのでしょう。二人だけの秘密です。もちろん、私は約束を守っています。 私の部屋から出てくるところを誰かに見られても、「ゆうべ勉強しているうちにこの部屋で眠ってしまった。オウリスが朝まで起こさなかった」と説明すれば済むことです。誰もが納得します。この子の国語の成績はほんとうにひどいのですから。算数はあんなにできるのにね。 しかし、私が秘密を漏らさずにいるのは、彼の名誉のためだけではありません。 夢というのは、自身の潜在意識の見せる幻だと聞きます。過去に自分が体験したことを夢に見ることもあります。逆に「予知夢」という、これから実際に起こる事実を夢に見るという、超能力のような夢もあると聞きます。自分で「これは夢だ」と自覚しながら見る「自覚夢」というものもあります。 脳の中に蓄積された知識や経験が夢となって現れるのです。前世の体験を夢に見るという人もいるといいます。果ては、古生代、まだ人間でなかったころの記憶すら脳は覚えていると主張する人もいます。その人によれば、私たちが蛇や爬虫類などを本能的に怖がるのは、まだ原始的な哺乳類だったころの、恐竜の記憶が残っているから、なのだそうです。 ならば、この少年が見るという夢は、一体なんなのでしょう。 夢の中で、彼は小さな女の子になっているそうです。彼女は自分が6歳だということだけ覚えています。 とにかくさびしくて、ひたすら泣いているのだそうです。するとどこからか男の人がやってきて、「うるさい!」「泣くな!」「死にたいのか!」と怒るので、仕方なく泣き止みます。 どうしてそんなにさびしいのかというと、本当はそばにいてくれるはずの人がいないからだそうです。女の子にとって、その人はとてもとても大事な人で、その人がいないのは、死ぬほど辛いのだと、説明されました。 誰に会いたいの? どうやら父親や母親のことではないようです。もう両親はいないのだと、女の子は知っています。けれど、誰のことを思って泣いていたのか、夢を見始めたころは少年にもわかりませんでした。 女の子が泣くのをこらえていると、別のところからきれいな女の人がきて、女の子を慰めてくれます。 「いつか、大きくなったらきっと会えるからね。あんまり泣いちゃ駄目よ。追い出されるからね。あなたのお兄ちゃんはきっと迎えに来てくれるから。大丈夫よ」 女の子が会いたがっていたのはお兄さんだったのです。 そうだ、兄様は大きくなったら迎えにきてくれるんだ。それまで我慢しなくちゃ。歌わなくちゃ。がんばらなくちゃ。絶対、会うんだから。一緒に帰るんだから…。 ここまで聞いたとき、これが「本当は」誰の体験であるか私にもはっきりとわかりました。夢の中で女の子は成長してゆきます。幼い6歳の女の子から、少女へ、大人の女性へ。 そして、今夜聞いた少年の夢は、恐ろしい内容でした。彼はこう言いました。 「人を殺した。そんで、死体の肉を切って食った」 |