3・  



 「へぁ?」

 私の問いに、かえでさんは「え?」とも「は?」ともつかぬ声で返事をしました。果たして彼女はどう出るのだろう?私をも騙し通すつもりか、それとも胸のうちを語ってくれるつもりか、と身構えていた私は、これを聞いて慌ててしまいました。

 「夢って何よ」
 「ご存知ないのですか!?」
 「ご存知無いわよ。知らないわよ。どうしたのよ。ユース様に何かあったの?」

 そんな!私はてっきり彼女がユースに夢を見させているのだとばかり思って……。

 「夢を見るのだそうです」
 「怖い夢でも見るの?」
 「あなたの夢を見るんです!」
 「わたくしのことを夢に見るわけ?」
 「い、いえ。夢の中で、ユースはかえでさん自身になっていて、あなたの視点で夢を見ているんです。
 6歳ごろからの経験に始まり、夢の中でだんだん成長して、最近では大人になりました。私も始めのころは、誰かから聞いた生前のかえでさんの話を、ユースがなんとなく覚えていて、それを夢に見るのではないか、くらいに思っていたのですが…。
 しかしあの子は、明らかにかえでさんしか知らないような事実を夢に見ています。ひどく生々しく辛い思いをするようなので、それで夜、私の部屋に来るようになったのですが……。
 たとえば、先日ユースが見た夢は…、仕事の帰りに暴漢に襲われて、喉をつぶされた、というものでした。こんな話は誰もあの子にしていないはずなんです。なのに、ユースはその犯人の人相まで見ているんです。あの時の犯人は結局つかまりませんでしたよね?あなたは事件のショックで犯人の顔を覚えていなかったし…。あの子は私たちですら誰も知らない犯人の顔を、夢ではっきり見た、と言ったんです。
 そして昨日は…」

 昨日は…。

 「……き、昨日は、おそらく、呪術師との契約の場面を…」
 「待った」

 かえでさんが、右手でストップをかけました。私も動揺していて、どう説明したものか言葉に詰まりそうになっていたので、この隙に少し息継ぎをします。予想外の答えをされた策士ほど、滑稽なものはありません。

 「つまり、おーちゃんは私がユース様にそういう夢を見させている、と踏んでいたわけね?とりあえず、私がなぜそうするのかはおいといて。幽鬼の私なら、人間にできないそういうこともできるかもしれないものね」

 私は無言でうなづきました。かえでさんはウーンと腕を組んで、説明を始めました。

 「たしかに、この状態の私なら、そういうことはできるわ。眠っている間は人間の肉体も脳もかなり無防備だから。そういうところを狙って、夢を共有させる、とか、『夢枕に立つ』とか。幽霊の中にはその手を使う人も多いわね。でも残念ながら今回は身に覚えが無いの」
 「ではなぜ」
 「でも、そんな怖い夢を見るわりには毎日お元気そうじゃない?」
 「朝になると忘れているんです。怖かったことも、夢の内容も」
 「オウリス・エイカ!」
 「はい!」

 突如として口調を変えたかえでさんに、私は反射的に返事をしていました。これは子供のころの習慣です。子供達が姓名で呼ばれたとき、それは決まって、叱責か、命令かであるのです。幼いころはただ恐ろしく感じていましたが、何人もの子供達の生活を統率し、躾けるには効果的な方法だったと、今なら思えます。

 これは、おそらく「命令」である、と私は察しました。瞬間にして張り詰めた空気に、一種の懐かしさすら覚えます。

 「私がいい、というまで返事は一切しないこと!今から辛い話をするけれど、いい、というまで貴女は黙っていなさい。うなづくことも許しません!
 では若君は、呪術師とわたくしとの契約を見てしまったのね。怖かったでしょうに…。でも忘れてしまったのならそれでいいわ。問題は、その内容を知ってしまった人間がいることだわ」

 視線一つそらさず話を続けるかえでさんは、ただただ恐ろしく、私の中に冷たいものが走ります。しかし、私はうなづくことも許されていません。

 「貴女のことだからオウリス、自分で調べて、この世にどんな呪術が存在するか、もしかしたらわたくしがどんな呪術を利用してこの世にとどまっているかすら、既に見当がついているかもしれない。
 けれど事実を!夢を介してとはいえ、過去にわたくしが実際に犯した行動を知られてしまったならば!私は貴女を殺さなくてはならない」
 「……」
 「わかるでしょう?私は知られたくないの。あんな浅ましい行為を。ヒトとして許されないことだわ。まして呪術の中身とは誰にも知られてはいけない。見られてはいけない。だから、ね?
 ウソを、ついてほしいの。優しいウソを。お願いよ。
 私は貴女を殺したくない」

 生前と同じ、優しい声で、私を殺すというあなた。そして殺したくないから、ウソをつけ、というあなた。数ヶ月前、久しぶりに再会したカイェク先生に言われたことを思い出します。


 ――気をつけろ。あれは妹じゃない。生前の姿、記憶も持っているが、油断するな。


 「さあ、いいわ。もう口を開いていいわよ。では質問します。おーちゃん?あなたは昨日のユース様の夢の話は聞かなかったのよね?」

 優しい声でした。