| 「私は…聞いていません」 私は、かえでさんの望んだ通りの返事をしました。これを聞いたかえでさんは、にこりと微笑み、窓の外を見て「雨がやんだわ」と言いました。 彼女の言ったとおりです。私は、かえでさんが行ったと思われる呪術の内容を知っています。古い書物に記載されていた方法ですが、この十年まさかまさかと思っていたことが、昨夜のユースの話を聞いてはっきりしたのです。 私はウソをつきました。かえでさんはそれを優しいウソだと言いました。おそらくそれは正しいのでしょう。 私がその呪術を知ったのは、はっきりとはしませんが、10歳くらいのときだったと思います。何か、怪談のたぐいの怖い話に混じって、聞いたような覚えがあります。 ――”印の子”の肉を食うと”印の子”の力がつく。ただし、魂を半分持っていかれる。 こんな内容でした。これはこれで恐ろしいものなのですが、これは口伝えに簡略化されたものです。私がその後、書物で見つけたものは、もっと具体的な内容でした。 簡単にまとめると―― 呪術師と、自分の魂を自由にさせる契約を結んだのち、”印の子”の肉を食らえば、いかなる怪我も病も治癒が可能。 また、契約者が”印の子”である場合、潜在能力を高めることも叶う。 ――とのことでした。 ”印の子”というのは、私たちやかえでさんたち兄妹のように、緑青斑(ろくしょうはん)で生き残った人間のことを言います。緑青斑という病気は恐ろしく、大変な高熱を出したのち、成年者は全身あざだらけになり、それがただれて崩れ落ちて死ぬのです。そのあざの色が、青緑色であることから、俗に緑青斑と呼ばれます。幼い子供ほど、生存率は高くなります。小さな町や村ならば一晩で全滅することも珍しくありません。 かえでさんたちの故郷である「竜神の谷」も、人口500に満たない小国であったことと、職人の国として独自の技術を守るため閉鎖的であったがゆえに、そのような目にあいました。 この病気で、生死を分ける決定的な違いは、年齢であると言われています。男性なら18歳、女性なら17歳ごろまでが限界なのだそうです。もちろん高熱や体力的な問題のために、それよりも幼い年齢で死に至ることも、決して少なくはないのですが。 生き残った子供には、緑青斑が通り過ぎていった印とでも言うように、青緑色のあざが左腕に残ります。そのため”印の子”と呼ばれます。そして、不思議としか言いようがないのですが、身体能力や学習能力が飛躍的に伸びる、という特徴があります。幼ければ幼いほど伸びが良いとも言います。 カイェク先生や、私がその例にあたります。カイェク先生は身体的な能力に優れ、もちろん努力の成果もありますが、若くして竜騎士の隊長を任されました。私の場合は、学習面の能力にそれが現れたようです(かえでさんには、もともと頭がよかったのだと言われますが)。 そしていわゆる超能力と言われるような能力を身につける者もいます。たとえば、私は動物の言葉を理解することができます。従妹はどんな毒も受け付けない特異体質ですし、弟はある種の動物が持つように、絶対的な方向感覚を持っています(残念ながら、生かす機会がないのですが)。 ただし、全員が全員にそういう結果が出るわけでは、当然ありません。 恐ろしいまでの高熱に、視力を失う者、聴力を失う者、また脳のどこかを破壊されたのか、知能に障害を持つ者など、悲惨な例も枚挙に暇がありません。 かえでさんの場合も、残酷でした。 彼女の左腕にはなぜか、あざがなかったのです。そのため、印の子ではなく、単なる孤児として扱われたのですが、数ヶ月に一度のペースで全身にあざが現れたのです。完全に消えるには10日以上かかったそうです。それを知った彼女の師匠は、本名を名乗ることを止めさせ、かえでという芸名を与えたといいます。 かえでさんにとって緑青斑は、定期的に現れるその全身のあざと、そしてもう一つ、子供が作れないという形で現れました。「緑青斑でね、お腹の中がダメになっちゃったんだって」と彼女自身に言われたことがあります。だから彼女は早くから養子をとったのです。 かえでさんの師はたくさんの歌を、彼女に教えました。 中でも「つぐみの歌」はかえでさんのお気に入りで、よく口ずさんでいたのを覚えています。この歌は師が自分のために作ってくれたのだと自慢していました。 かえでさんは、戦場でつぐみの歌を歌っていたと、私は鳥に聞きました。それは、暴漢に傷つけられ、もう二度と歌うことは不可能だと医者に言われた喉が、完治していたことを示します。 かえでさんは”印の子”の肉を食ったのでしょう。人間の肉を。 |