| ああ、思い出した。どうして忘れていたのか。 ――戦場 ――戦ってるよ ――歌っているよ ――つぐみの歌を歌っているよ 十年前。鳥たちの言葉に、どうして私はあれほどの衝撃を受けたのか。なぜ誰にも言わなかったのか。 剣などまるで扱えなかったはずのかえでさんが、どうやって、戦場で戦っていたの? 理不尽にも喉をつぶされたかえでさん。なぜ歌を歌うことができたの? なぜ?なぜ?なぜ?どうやって? そうだ。 『この半年…いいや、一年ほどだろうか、かえでさんの様子はおかしかった』 そのはずです。当たり前です。かえでさんは喉をつぶされてから、歌を歌うことができなくなっていた。少なくとも、私たち、子供達の前では歌わなかった。歌えなかった。医者にも見離された喉で、歌えるはずがない! どこか遠くで歌って、それで生計を立てていたですって?だから少し疲れた様子だったですって?何も心配はいらないですって? どうしてそんな馬鹿な考えを持ち続けていたんだろう。私は自分の馬鹿さ加減に、膝に置いて握り締めた手が打ち震えました。なんて愚かな私。上京するから、荷物をまとめなくてはと浮かれていたそのころ、この人は誰にも言えない苦しみを負って、戦っていたのだ。 「ねえ、雲が切れてきたわ。月が出たわよ」 ――呪術師と、自分の魂を自由にさせる契約を結んだのち、”印の子”の肉を食らえば、いかなる怪我も病も治癒が可能。また、契約者が”印の子”である場合、潜在能力を高めることも叶う。―― この人は、呪術師と契約し、人の肉を食ったのだ。そうして喉を治し、戦場で戦うための力を得たのだ。本当に愚かな私。知りたくないからと、真実から目をそらそうとしてきた、身勝手な私。 恩師だ、大事な人だと口では言いながら、目の前のこの人の、生前の苦しみの、ほんのひとかけらにすら気づきもしないで。 月の光が、かえでさんの姿を照らしていました。しかし、床に、彼女の影はありません。この世のあらゆる光は素知らぬ顔をして、かえでさんの体を冷たく通り過ぎてゆくのです。 「おーちゃんの髪は月の色ね。昔とちっとも変わらない」 「………」 「泣かないで。こんなにきれいな月が出てるのに」 知らず、涙が出ていました。生前の……いいえ、今でもなお続くかえでさんの苦しみに同情したものでしょうか。それに気付かずにいた、自分を責める涙でしょうか。 「きれえな涙ね。私にはもう流せない」 「……私は」 「優しい涙をたくさん流すとね、心が洗われて、魂がきれいになるんですって。おーちゃんの魂はすっごくきれいよ。私の折り紙つきよ」 「……私は…かえでさん…私は…」 私は冷たい人間です。十年前、貴女の髪の毛が届いたとき、泣きもしなかった。 ショックではあったけど、ジン君のようには泣けなかった。彼はかえでさんの黒髪だけが帰ってきても「もしかしたら、これは母さんの冗談で、そのうちひょっこり帰ってくるかもしれない」と言って出発を一ヶ月延期したのです。私は何もかも振り切るようにして、さっさと一人、上京して、何食わぬ顔で養父母に会ったのです。 貴女や養父母の優しさにどっぷり甘えて成長し、何も気付かないフリをして、そして、今、幸せでいるのです。 「ごめんなさい……」 「何を謝るの、おーちゃん。そうだ、まだ言ってなかったわね」 「…?…」 「見送り、行けなくてごめんね。新しいご両親は優しくしてくれる?それだけが心配だったの」 私は心の中で、ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返していました。そして、この言葉がうれしくてうれしくて、また涙がこみあげてくるのです。人間は、自分に与えられる攻撃に対する手段は心得ていても、優しさの前にはひどくもろいのです。 |