3・  



 「あの…」
 「なに?」
 「聞こえたんですか?」
 「なにが?」

 なんだ、偶然か。

 ………。

 そうよね。共通の話題をしているのだから、突然見透かされたようなことを言われても不思議じゃないわ。かえでさんは当事者なのだしね。誰よりも何よりも「シルシの乱」について詳しい人なんだから。誰よりも感情豊かで、愛すること恋することを知ってる人なんだから。

 「『信じたい・騙されたい』とはなんです」
 「そりゃまぁ…その通りの意味よ」

 自分でも説明に困っている様子のかえでさんに、ほんの少し感情の高ぶりを感じました。

 「まるでわかりません。ただ好きな人に…カイェク先生に会いたいためだけに会談の申し出を受けたというお話でしたでしょう?」
 「そうね」
 「騙されるかもしれない、殺されるかもしれないことも、ちゃんとわかっていたんでしょう?」
 「そうよ。仲間にもそう言われたし」


 ――会談の場所・日時を指定されたし。我が軍からは代表一名のみが参加予定。貴軍の参加人数は問わず。ただし、王国軍代表殿の参列が絶対条件とさせていただきたい――


 こんな、敵に都合のいい条件ばかりを申し出た会談があるでしょうか。
 わざわざ「場所も日時もそちらで決めてください」「こちらからは一人だけが行きます」「そちらに何人いようと構いません」……顔を出したその場で殺してくれとでもとられそうな文面です。いくら印の子の力が常人とは違うとはいえ、思いあがりと思われても仕方がありません。

 もしも何十人もの敵に囲まれたら?
 カイェク先生は当時竜騎士の隊長という地位だったのですよ?


 「だからね、騙されてもいいと思ったの。もちろん信じていたけど」
 「おっしゃる意味がわかりません…」
 「ほら、書いてあるでしょ『王国軍代表殿の参列が絶対条件とさせていただきたい』って。ちゃんと私からもお願いしたのよ。会談のときには兄様も参加してちょうだいねって。そしたら返事が来てね、場所と日時と、王国軍代表がちゃんと参加することと、書記が一名参加することが書かれてたの。もちろん兄様の字だったわよ?だから信じたわ。でも騙されてもよかったの」
 「だから!!」

 さすがに声を張り上げてしまいました。
 かえでさんは少し首をひねって、言葉を選んでいるようでした。

 「ごめんね、私あんまり頭よくないから」
 「いいえ、そんなことでは…」
 「あのね、私は兄様が大好きだったの。だからいろんなことを知りたかったの。でも兄様がなんにも話してくださらない人だったの。もちろん信じてたわ。私の兄様だもの。信じてたわよ。私が信じなくてどうすんのよ」
 「何をどう信じていたというんですか。よくわかりません」
 「兄様が苦しんでたからね」
 「………」
 「私、力になってあげたかったけど、ホラ頭は悪いし、とりえといえば歌しかなかったし」
 「………」
 「歌も歌えなくなったし、ね?兄様は苦しんでたわ。自分のことも私のことも子供達のことも友人のことも戦争のことも仲間のことも全部ひっくるめて。優しい人なの。だってもともと“竜神の谷”の長となるべき方だったんだもの。それなりの人格があって当然なのよ。けどね、なんにも話してはくださらなかった……苦しいとも辛いとも言ってはくださらなかった…私はそれが少しね、悲しかったな」


 何か理解できそうな気が、予感めいたものが胸に沸きました。


 「だから…そういう会談が、兄様自ら用意してくださるというなら、これは行かなくちゃと思ったの。話をしてくださるんだから。兄様が、私によ?嬉しいじゃない!すごく嬉しいじゃない!!」

 そうすることで、何かに触れることができるのなら、と?

 「恨みの言葉でもよかったの。憎しみでも蔑みでもどんな言葉でもよかったの。そうね、お茶も出されたわね。別に毒が入ってたってよかったわ。まあ入ってなかったけど…それが兄様の本音ならそれでいいと思ったの。私を騙して殺してでもやりたいことがあるんだって信じてたから、それならむしろ騙されたかったの。私は兄様を信じぬくと決めてたからね。本当に大好きだったから信じたかったの。騙されたかったの」

 こんな想い方があるのか。信じたいと騙されたい、相反する思いを共存させることが本当にできるのか。私は驚いていました。


 ……そしてまた何かが聞こえた。


 『そうすることで、あなたの本音に触れられるなら』