| 『生きた言葉が欲しい。体温のある言葉が欲しい。血の通った、あなた自身の言葉が欲しい。あなたの言葉に触れたい。 恨みの言葉でもいい。憎しみの言葉でもいいの。なんだその薄汚れた手は!と罵られてもさげすまれても哀れまれても、何でもいいの、何でも、あなた自身の言葉が欲しかった。 だから会いに行ったのよ』 聞こえる、はっきり聞こえる。 かえでさん、気付いてる?違う。彼女は今、記録に見入っている。どうして?気付いてない。 だってこれはかえでさんの言葉でしょう? 信じたい、騙されたいと願ったかえでさんの言葉でしょう? 私も狂ったの? かえでさんの心情を思うあまり、何か特別な波長でも捕らえたのかしら。 ……。 それならそれでいい。私も印の子だ。何の覚悟もないわけではないのよ。 どうぞ、続けて、かえでさんの奥にいる誰かさん。 かえでさんの姿をして、かえでさんの記憶を使って、かえでさんの声で好きに攻めるがいい。 その声は私の頭の中で響き続けますが、私は無関心を装って別の話題を出しました。 「かえでさん、この会談が3時間かかったというのは本当ですか」 「うん」 「初めて見たときは目を疑いました。書記官が間違えたのかと」 「そうかもねー。内容薄かったものねー」 「王国軍指定の日時にレンファ殿…かえでさんが現れたところからですね。時刻は午前10時。場所は、仮設陣幕の中…」 「うん。けっこう豪華なテントだったわよ?本当に兄様って権力あったのね」 「…他に誰かいましたか」 「ううん。書記さんだけ。本当に3人だけだったのよ。兄様には護衛くらいつくだろうと思ってたから、その点は私も意外でね。あ、でも陣幕の外にはけっこう人がいたみたい。でもその人たちもこっちの代表が女で、しかもあちこち怪我してるの見たら驚いてたけどね。ちょっとふらついてたから、なんか手伝ってくれようとする人もいたんだけど、まあ断ったりもして」 会談記録にはこうあります。 『同盟軍代表レンファ殿予定時刻数分前、予告した通りお一人で到着。右目眼帯、左足義足の黒髪の女性。武器は二刀の剣のみの様子。衛生兵、援助を申し出るが丁重に断わられたとのこと。 王国軍代表カイェク・ジム殿(以下、「王」と表記) 同盟軍代表レンファ殿(以下、「同」と表記) 10時、双方着席。 王:では話し合いを始めてよろしいでしょうか。 同:はい。 王:今回の会談の提案を受け入れていただき感謝いたします。 同:はい。ただし、一つだけ先に申し上げておきたいことがあります。よろしいでしょうか。 王:どうぞ。 同:まず、私どもに降伏の意思は無いということです。私を含めた残りの同盟軍15名、全員の一致した意見であります。それだけをお伝えしに、本日は参りました。 王:これまで三度送った使者への対応から、今回は降伏してくださるものだとばかり思っていましたが。 同:これが最後だからです。おそらく近いうちに私どもは全滅するでしょう。あなた方の攻撃によって死ぬでしょう。 王:おそらくはそうなるでしょう。だからこそ私たちは何度も降伏を勧めてきたのです。あなたがたは、このような内乱で無駄に使い果たすべき人材ではないとこちらは判断していました。今からでも降伏していただければ、それなりの地位も約束しましょう。 同:先ほど申し上げたとおり、私どもに降伏の意思はありません。たとえ生き延びて、王国軍に籍を置く身となったとしても、私たちはあなたたちのお仲間をたくさん殺してきたのです。どんな待遇が用意されていたとしても、あなたたちは心からは受け入れてはくださらないでしょう。私たちは印の子であり、異端なのです。もう耐えたくはありません。 王:いいや、耐えていただく。あなたがたの力は惜しい。この国にとって大きな力となるでしょう。そう思えばこそ何度も使者を送ったのです。 同:大変ありがたく思います。しかし私どもの意志は変わりません。その心を伝えるために私はこの場へ来ました。敵として対峙しながら、私たちの力を評価していただき、このような会談の場を設けていただいたことに、感謝してもしきれません。この会談を提案してくださったのはどなたですか。 王:私です。 同:竜騎士隊の隊長殿自らのお誘いだったとは、本当に光栄に思います。次の攻撃はいつでしょうか。 王:明朝9時とします。 同:では明日、私は死ぬでしょう。みなにも伝えてよろしいでしょうか。 王:私に止める権利はありません。それをわかっていて、まだお考えは変わりませんか。 同:変わりません。最後に、この会談を設けてくださったあなたさまのご幸福をお祈りします。本当に感謝しています。それでは失礼いたします。 13時レンファ殿、離席。来訪時と同じく、衛生兵の手を借りずお一人で帰還。』 これが、この兄妹の最後の会話。たったこれだけの内容の会話に3時間。空白の時間は書記は書き取りませんから、どんな沈黙が流れたものか想像した瞬間に、ゾクリと私は“悲しみ”と“さびしさ”に追いつかれました。 そしてこの翌日、この記録にあるとおり、かえでさんは殺され、シルシの乱は終わりました。 |