| 20のときだったと思います。 必要な書類を取りに行こうとしていたのです。同じ馬車に乗り合わせた二人の乗客と談笑しつつ、お役所に向かっていました。そのとき外はよく見ていなかったのですが、多分曲がり角だったように思います。爆発が起こりました。 気がつくと病院でした。 よく見ると右足が膝から下までありません。それと、右頬に大きなザクロのような傷を負っていました。火傷と擦り傷が混ざったような、ひどい傷でした。 右足はつま先のあたりから完全に炭化してしまった、切断するしかなかったそうです。 右頬の傷については、処方された塗り薬をしっかりつけていれば、完璧にとはいかないけれど、少なくとも目立たないように治すことはできるとのことでした。 養父母は足を無くした私のために泣いてくれました。 『足?足がどうしたの? 腐ってる?ああ、怪我をしたところからバイキンが入ったのね。 ……もう使い物にならない?いいじゃない。勝手に腐って落ちるでしょ? ……どうして? ……勝手に腐るわよ。そんなことしなくていい。 なんで。どうして。それが治療なの?もう手遅れだから、って?』 しかし、あとでわかったことですがあの爆発は私のせいだったのです。犯人は私と同じ印の子でした。 “印の子”は緑青斑の生き残りです。緑青斑は成年者をすべて殺す病気ですから、親がたまたま出張していたなどの例外をのぞき、ほぼすべての子供達が孤児となります。 緑青斑とは謎の多い病気ですが、それだけに生き残りである印の子たちはとても気味悪がられます。地域によっては「印の子から感染する」と誤解され、石を投げられ追い出されることもあります。 『イヤだってば。そんなことしたくない。 役に立たなくなってるのはわかってるわよ。もう一本足があれば十分戦えるわよ。 ……全身に毒が回る……?いいじゃないそれでも。苦しむのは私でしょ?必要ない。 手、離して……なんで足をつかむの!貴様!誰にむかって……!! 治療台…イヤだ!そんなところに乗せられたくない!切られるなんてイヤ! 私は戦える!まだ戦える!……イヤだ…イヤだ!怖い!』 印の子たちは緑青斑で親を亡くしたあと、あるテストを受けます。そのテストで身体能力・学習能力に優れていると判断された場合、軍隊にとって有用な人材であるとして衣食住・教育などの保障を受けることができます。カイェク先生がそのように育てられた実例です。 しかし、軍にとって必要なしと判断された場合は、あまり説明の必要は無いでしょう。孤児院とは名ばかりの施設に押し込められ、生きる価値も無しとして生涯を送るのです。運がよければ養子として引き取ってもられることもありますが、その先でどんな扱いを受けるかは神のみぞ知ると言ったところです。 かえでさんも「軍に必要なし」という例でしたが、彼女の場合は歌の才能を認められて、ある一座に引き取られてゆきました。こうして二人は離れ離れになりました。 私のような印の子は本当に特別で、運が良いのです。竜騎士として権力のあったカイェク先生に引き取っていただき、かえでさんに育てられ、養父母に大学まで出してもらい。 そんな私が他の印の子にねたまれないはずがないのです。いいえ、ねたむなどとは生ぬるい。 憎み、恨み、殺してしまおうと考えた者がいたのですね。「同じ印の子でありながら」と。 そして私を殺そうと、爆弾を仕掛けたそうです。 しかし私は生き残りました。「生き延びた」ではなく「残った」というのは、他に死んだ人間がいたからです。あの馬車に同乗していた乗客2人と、馬車を操っていた御者が死にました。私一人のために3人が死んだのです。本来の標的である私が生き残り、関係ない3人が死んだのです。これを知った犯人はその場で首を掻っ切って自害したそうです。 『なんで誰も止めてくれないの!!? なんでみんな目をそむけてるの!!? 助けて!!怖いよ!! 腐りかけた足に止血用の包帯がぎゅうぎゅう強く巻かれた。 それから麻酔がチクリと刺された。』 やはり私は印の子だったのです。普通の人間なら爆風と衝撃で頭を潰され、内臓をすべてなぎ払われるような地獄の中、片足を無くしただけで生き延びたのですから、肉体的にも印の子であったということなのでしょう。刃物で切れば血の出る肉体ではありますが、治りは早いし、やはり印の子なのです、私は。 『嘘だ!こんなの嘘だ!悪い夢だ!!ああああああ醒めろ醒めろ醒めろぉおおおお。 腐った肉が掻き分けられ、骨がむき出しにされた。 一人がよく光るナタを持って立っている。 イヤだイヤだイヤだあああああああああ。 怖い怖い怖いぃいいいい。 怖いよぉおおおおお。』 あるとき、犯人に対して心当たりは無いか、という警察からのお達しがあり、そこで3人の遺族の中の一家族と鉢合わせしてしまいました。その人が被害者の誰かの妻か母親か祖母かは妹か姉かはわかりません。しかしその初老の女性は震える声で私に言いました。 「お前が死ねばよかったんだ!!!」 『ナタが、一気に振り下ろされるとともに、ゴキリバキリという音がして骨は砕けた。 「ぎゃあああああああああっ!!!」』 その女性は一人ではありませんでしたが、付き添いの人たちは誰もその女性を止めませんでした。ただ悲しそうにうつむいていました。そう、そうですね。私が死ねばよかったのです。 『骨が砕かれる激痛は一瞬だったけれど、体中に響き渡るのね。その揺れがおさまるまでは「この痛みがどれだけ続くのか」と怖くて怖くて怖くて。……本当に怖かった。それでも私はこの時も恐怖のあまり心の中で兄様に助けを求めていた。馬鹿ね。この期におよんで、ねぇ?』 私は誰かに迷惑をかけて生きてきたとは思っていません。自分に恥じる生き方はしてこなかったつもりです。勉強は苦ではありませんでしたが、私は恵まれた環境で生きてきたのだから、身につけた知識を誰かのために使おうと、そのために勉強をしてきたはずです。 誰からも可愛くない女だと言われました。何か失敗すれば、ほらやはり女だと言われました。かといって首席をとれば、あれは印の子だからだ、本来の実力じゃないんだと言われました。少し無理をして勉強しているのを見られれば、印の子だから多少の無理がきくんだと、体力があるからと、普通の人間じゃないからと言われました。ずっとずっと言われてきました 印の子だからとろくに私の性質を見てくれなかった人たちが、テロの被害者として初めて同情の目で私を見ました。距離を置かれることは相変わらずでしたが、そうやって注目されたのは初めてでした。上京してから初めて人間扱いされたように思いました。しかしそのとたん死ねと言われました。私はかえでさんたちや養父母以外に人間扱いされた覚えはありません。これまで無視され続けていたのに、目を合わせたとたん死ねと言われました。それでは自分が哀れに思えました 『兄様、私がんばったよ。怖かったけどがんばったよ?誉めてよ、ねぇ…。』 そして、痛烈にかえでさんのことを思いました。かえでさんのことを知りたいと思いました。 印の子でありながら、その中でもさらに異端だったかえでさん。全身に現れるあざに苦しんでいたかえでさん。たくさんの歌を教えてくれた人。あんなに優しい人だったのに死んでしまって。 私は養父母に了解をとると、軍学校へ編入する手続きをとり、そしていつしか、頬に薬を塗ることをやめたのです。 |