2・ヒサギと悪巧み



 翌日。早朝からリーアは出発のためにバタバタとしていました。普段、子供達をまとめる役目をしていたもので、自分のことは後回しになっていたのです。子供達もわたわたと手伝いをしてくれますが、あまり役に立つとは言えません。ただ、アンが女の子らしい器用さで、リーアの長い鉄色の髪をみつあみにまとめてくれました。小さな手で髪を編みながら、リーアにいろいろ聞きます。

 「いつかえってくるの?」
 「一ヶ月くらいかなー?もしかしたらもっとかかるかもしれないの。カティのこと、よろしくね」
 「うん」
 
 この家では年が上の者が下の者の面倒を見る。最年長がその指揮をとる、という体制ができていました。この時臨時で帰ってきていただけのシュウと違い、リーアは最年長。責任重大でした。

 「なるべく早く帰ってきてね」
 「うん、がんばるね」

 そのやりとりを聞いていたユースがちゃちゃを入れます。

 「一年くらい帰ってこなくていいよ〜」
 「あ、テストの結果をまとめたやつ、お父さんに送っておいたから」
 「ギャーーー!!」

 彼は昨日リーアに言われたことがまだ響いていたらしく、この日の朝から家中の掃除に励んでいました。黒いウェーブがかった髪の毛の上にほこりがうっすら積もっています(どこまで掃除していたんだろう?)。この子は普段からいたずら好きで、森の中を駆けずり回ったりするため生傷が絶えないのですが、この日はどういうわけかあちこちに新しい青あざを作っていました。
 そのことについてリーアが聞くと、

 「二階の窓を直接外から拭いてみようと思って、屋根の上からヒサギにつるしてもらった。そしたらナワが古かったらしくて、途中で切れて落っこちた」

 とのことでした。

 「なんであんた普通に二階に上がって、こう…手を伸ばして外側を拭かなかったの?」
 「そしたら体が半分外に出ちゃって、うっかり落っこちたらそのまんま落ちるじゃん!だったら最初から外からやってみようと思って。神殿の窓を掃除してる人がそうやってたし」

 どうやら本職の窓拭きを真似しようとしたらしいです。こういうことをやらかすから本当に見張り役は必要です。しかしその見張り役であるリーアは、この日からしばらく遠くへ行ってしまうのです。

 彼女は肉親と離れて『ハルニスの家』に住んでいました。それが、今年16歳になったためにいろいろと手続きが必要だという連絡がきました。一度実家へ帰らなくてはならなくなったのです。昼にはもう馬車がやってきました。

 「シュウ兄、あとのことよろしくね」
 「おうおう。しっかりやれよ」

 シュウという青年は、普段はフラフラと旅をしている性分なのですが、今回リーアが『ハルニスの家』を空けなければならないという事情を聞いて帰ってきてくれていました。リーアの不在中、留守を守ってもらうため、しばらくの間この家に留まってもらうことになっています。

 リーアと子供達は馬車の前に整列しました。彼女の荷物は身の回りの物を詰め込んだカバン一つだけ。

 「こほん」

 リーアはカバンを左手に持ち、子供達に向かって敬礼しました。

 「それではわたくし、リーア・ブレスはこれより戦いに行ってまいります!」
 「やんややんや」
 「がんばれ!」
 「おみやげよろしく!」
 「行ってらっしゃい」
 「まー適当にやってこいよー」

 いろんな声に送られて、リーアは出発しました。のんびりと馬車に揺られながら、帰りはあの子たちのお土産、何にしようなどと考えていました。しかしこのとき彼女は、二度とハルニスの家に戻れなくなるとは夢にも思っていませんでした。


 リーアを乗せた馬車が遠くなってしまうと、しばらく静かにしていた男の子たちはガッツポーズをとり、

 「いよっしゃぁああああ!!」

 と叫びました。
 普段うるさいリーアはしばらく帰ってきません。その間、いたずら放題、やりたい放題、家事も勉強もそこそこやってれば怒られやしません。特にユースとヒサギは抱き合って「俺たちは解放されたんだな!」「うんうん!」「自由だ!」「俺たちは自由なんだ!」と涙をこぼさんばかりに喜びを分かち合いました(大げさな…)。

 「えーとな、リアがいなくても一応やることはやって……」
 「ユースユース!あのさあのさ!ほら神殿のうわさあるじゃん!あれ確かめに行かねぇ?」
 「え、どうやって?俺まだ入れないよ」
 「俺はもう入れるんだよ!15だから!そんでさ、抜け穴とか作っておくから、おまえそっから入ってこいよ。本当に幽霊いたら退治してやろうぜ!」
 「おおおー!乗ったぁ!塩水かけたら幽霊って消えるかな?」
 「それじゃナメクジだろ。やっぱ聖水じゃない?」
 「でも聖水ってどっかで売ってるか?」
 「売ってるの見たことないけど…高そうだよな」
 「材料がわかればヒサギ、作れるだろ?」
 「もち!じゃ、お前材料調べろ。俺は抜け穴作ってるから」

 一番最初のセリフはシュウのものです。しかし彼はあまりお目付け役としては役に立たないようです。
 そしてその横で盛り上がっているユースとヒサギの悪ガキコンビ。この二人はいつもつるんでは何かしでかしてくれます。どちらかというと、ヒサギが立案・計画し、ユースが実行するというパターンでした。おかげでユースは何度アザだらけ傷だらけになったかわかりません。しかもまるで懲りないのです。

 この地域での成人は男女ともに15歳です。成人すると共に、神殿へ入ることも許されます。15歳のヒサギが手引きして12歳のユースを神殿の中に入れることは、当然ルール違反なのですが、このときはまだ単なる好奇心が大きかったと思います。
 ただ、ヒサギも例のウワサのせいで、ユースがいろんな人に笑われていることを知っていました。なら自分が一肌脱いでやろう、友達のためになんとかしてやろうと考えたのも無理ないことです。もし幽霊を見つけたら、できればユースに退治させてやろう、もし無理だったら自分が退治してやろう、やばくなったら逃げよう、といくらかは考えていただろうと思います。

 ヒサギは何度か神殿に入る機会を見つけては、抜け道になりそうなところを探しました。しかしあちこち探したものの、神殿の内側から外へ出られるような箇所は全く見つけられませんでした。穴を掘るとしても、どこもかしこもがっちり美しいタイルで囲まれているし、いつも人はいるしで、とても新しく抜け穴を作る余裕はありません。ヒサギは「あきらめるしかないか…」と思いながら、神殿の外壁にもたれかかって少し休むことにしました。

 そのとき、冷たい風がすっと吹きました。

 神殿への供物を運んだりして疲れた体に心地よい風でした。その風にもっとあたりたくてふらふらしていると、草の中に金属の丸いわっかを見つけました。腕輪にしては大きいように見えます。なんだろうと思って拾い上げようとすると、ヒサギの肩にすごい抵抗がかかりました。

 「なんだこれ……」

 草を抜き、土をはらってみると、その丸いわっかが地面につながっていることがわかりました。いや、よく見ると、その地面も金属でできています。この金属の地面はどこまで続いているのか。彼はしばらくの間、夢中で草を抜き、土をはらう作業を続けました。

 「これは……」

 そして、その「金属の地面」の正体が2メートル四方にもわたる「大きな蓋」であることを知りました。さらに、金属のわっかも新しく3つ見つかり、合計で4つ見つかったことになりました。そしてよく見てみると、そのわっかは蓋を持ち上げるための「取っ手」なのだということに気付きました。

 風に誘われてついふらふらと来てしまいましたが、その蓋のある場所は、神殿のちょうど真後ろにあたるのでした。


 ヒサギは元通り土と草をかけて家に帰りました。そしてユースにこの発見を話し、夜中にその場所まで二人で行ってみることにしました。道中、ヒサギはこの発見に興奮しているのと、少し寒いのと、怖いのとがあって口も軽くなっていました。

 「あれは見たトコ一人じゃ開けられない。大きいし重いし、あちこち土が詰まってるし。まず土を全部ほじくりだして…まあ開けてみてもただの倉庫かもしれないけどさ…」
 「いや、それは神殿の別の入り口」
 「は?」
 「そこから神殿の奥のほうに入れるんだよ」
 「なんでそんなことわかるんだよ」
 「えっ?」

 ユースはすっとヒサギのほうを向きました。ランプがユースの顔を青白く照らしています。ヒサギは一瞬ぞくりとして、一種異様な雰囲気を感じました。誰だ、こいつ。
 ユースはヒサギが何か言いたそうなのに気付いて、自分から話し始めました。

 「あ…なんか、そういう入り口があるって聞いたことあるんだ。隠し通路っていうやつ。ほんとかどうか知らないけど」
 「な、なんだそうか…」

 よかった、これはいつものユースだ…と安心したヒサギでしたが、逆にユースは無口になってしまいました。さっきのセリフは自然と口をついて出たものでした。

 神殿の隠し通路。神殿の真後ろにある抜け穴。その通路を抜けると神殿の深部にたどりつく。聞いたことがある。…けど、誰から聞いたんだっけ?いつ聞いたんだっけ?ずーっと小さいころだったような気がするけど……誰から聞いたんだっけ?


 収穫祭が迫っていました。