3・二人で探検
ヒサギとユースは、その『神殿の裏口』と名付けた通路を毎晩探検するようになりました。この数日は収穫祭に向けて学校もお休みでしたが、ヒサギは表向き収穫祭を手伝う側の人間です。昼間に『裏口』を探検することもできたのですが、なにせ得体のしれない通路ですから、ユース一人で入り込むのは危険だと判断したのでした。 二人が初めて『裏口』のフタを持ち上げて、中へ入ったとき、そこは真っ暗闇でした。しかもランプの光が照らす限り、かなりの広さのようでした。少なくとも十年ほどは開かれなかったはずの場所なのに、不思議とホコリくさかったりカビくさかったりということはありませんでした。むしろ何か香油が使われていたのでしょうか。ほのかに何かが香るような気配さえするようでした。 しかし、小さなランプ一つでこの中をうろつくことは、さすがに怖いもの知らずの二人でも戸惑われました。そこで、初日は通路の内側の壁の感触を確認したり、「おーい」と叫んでみて、どのくらい響くかという実験をしたりしました。石を投げてどこかにぶつかる音を確認したりもしました。その結果、かなりこの通路は広く、複雑だということがわかったのでひとまず家に引き返し、作戦を練ることにしました。 昼間になってこの通路が見つかるかもしれないので、きちんと土をかぶせ、草を乗せてくるのは忘れませんでした。 二人は翌日になると、まず小遣いを出し合って、なるべく大きめのランプを買いました。油も十分に用意しました。そして、光がキラキラと反射するきれいなガラス玉を買い込みました。これは子供のおもちゃですが、迷路になっていると思われるあの通路で道しるべとして使えるだろうと考えたのです。 ユースは最初、ガラス玉を買うことが不満だったのでこう言いました。 「そんなの、わざわざ買わなくてもそこらへんの石でいいじゃん」 ヒサギは首を横に振り、説明しました。 「昨夜あそこに行ったとき、けっこう足元に小石あっただろ?それじゃ道しるべがごちゃごちゃになってわからなくなるかもしれない」 そういえば、足元に落ちていた石を投げてみて音を聞いてみる、という実験をしたな、とユースは思い出しました。 「このガラス玉ならランプの光でも十分目じるしになるだろ?だからなるべくキラキラしたヤツを買う。別に目じるしにするならペンキでもいいんだけどさ、ペンキは重いし、うっかりこぼしたらそれっきりだしな。第一ガラス玉は安い!100個入りでこのお値段だぞ!すげえお得!!」 意外としっかり考えているヒサギなのでした。 あと必要なものはなんだろうと二人は考えましたが、少年らしく「武器だろう」という結論が出ました。しかし、本職の傭兵が使うような武器などが手に入るわけもありません。ナイフ程度なら普段から持っていますが、あの得体のしれない暗闇の中から、どんな得体のしれないものが出てくるかわからないのです。二人はウンウン思案した挙句、ハルニスの家の物置にあったツルハシと、小さめの斧を持っていくことにしました。考えてみれば、別に新品を買う必要はなかったのです。 この時点で二人に「防御」という考えがなかったのは仕方がないことでしょう。そもそも化け物が出てくるかもしれないというのも、あくまで仮定したものだったのですから。 そして夜な夜な二人は探検を繰り返しました。ちなみに、お目付け役として家にいたはずのシュウは、子供達の誰よりも早く寝てしまうので二人が抜け出すのは簡単だったのです。役に立たない大人です。 『裏口』は迷路でした。しかしそれより二人が驚いたのは、この通路に「明かり」がついたことでした。初日には気付かなかったことでしたが、入り口から入ってすぐの壁をヒサギが何気なくペタペタ触っていたときに、ひやりとした棒のようなものを見つけました。斜め上から壁に突き刺さっているような形の棒でした。 「?」 抜けるかもしれないと思い、引っ張ってみましたが、どうにも動きません。ヒサギが何かしているのに気付いたユースが聞きました。 「どうかした?」 「壁に棒が刺さってる」 「棒?」 「抜けそうで抜けないんだよ…。さっきから引っ張ってんだけど…コレ…」 「引いてダメなら押してみれば?」 確かにそうでした。ヒサギは押してみることにしました。すると、ガクンッと棒は動きました。下方向に。 その瞬間、二人のいる場所を取り囲むようにして、4つの角に明かりが灯りました。そして4方の壁のうちの、ある一面。その暗闇を突き抜けてゆくように、順々と通路に明かりが灯ってゆきました。どうやら神殿の方向に向かって灯ってゆくようでした。 「おおー……」 感心しているユースを横目に、ヒサギは真新しいランプを近づけて、例の棒をよく見てみました。 「これ…レバーだったんだ。明かりをつけるための!」 「じゃあこの通路、人が作ったんだな!」 「当たり前だろ」 当たり前です。 「あとさ、この匂いってなんだろ?」 「匂い?」 「なんか…なつかしいっていうか、いい匂いがするじゃん」 言われてみると、ヒサギも何かいい匂いがするような気がしました。香水のような…けれど、どこかさわやかな香りです。ユースは覚えでもあるのか、しきりに首をひねっていました。 「明かりがついたとたん匂いが強くなった気がするんだけど…」 「じゃあ明かりの中に仕込まれてたんじゃないか?火がつくと匂いって強くなるしな」 「ふーん……」 ユースはこの匂いを知っていました。しかし、これがなんの匂いだったか、どうしても思い出せませんでした。それよりも明かりがついたことで、さらにこの通路の探検しがいがあるように思えて、匂いのことなどどうでもよくなってしまいました。 二人は自前のランプの油が半分になるまで、通路の探検をすることにしました。油が半分になったら引き返すというルールを作り、階段を登ったり降りたり分かれ道で悩んだりの冒険を続けました。通路は迷路になっており、ヒサギの読み通りガラス玉が大活躍です。 分かれ道に来たら、まずてきとうに選んだ道へ進みます。そのとき、足元に一つガラス玉を落としておくのです。そしてひととおり歩いた後、また分かれ道なり階段なりに当たったら、これまで歩いてきた道に目じるしとしてガラス玉を置きます。これで帰り道は迷いません。 探検を繰り返すうちに、ガラス玉の置き方にも工夫をこらすようになってきました。ガラス玉二つ置いてあるときは「この先突き当たり」、三つ置いてあるときは「この先、ただグルグル回るだけ」という具合に。そうすることでどんどん二人はより短時間で先へと進むことができるようになっていました。 こうなるともう二人は探検に夢中でした。化け物でもなんでも来い!というくらいに気持ちは大きくなり、また、通路にいろいろ書かれている文字に気付く余裕も出てきました。しかしこれはどうもどこかの国の古語らしく、二人にはわかりませんでした。 「こういうの、カイェク先生ならわかるだろうな。メモして読んでもらおうか?」 カイェク先生というのは、ユースのお父さんのことです。旅の薬師を生業としており、今年は収穫祭の時期に帰ってくるとのことでしたが、少し遅れそうだ、という連絡も届いていました。 「父上かぁ……。あんまり聞かないほうがいいと思うな……」 「なんでだよ」 「いや、なんとなく…だってすごいヤバイことだったらどうする?」 「そうかもしれないけどさ、俺は興味あるんだよ」 「だって、どこでこれ見つけたかって聞かれたらどうするよ。怖いよ、俺」 「お前自分の親にびびりすぎじゃないか……?」 「ほら、リア姉が言ってたじゃん。父上に俺のテストのこと教えたって……」 「あんなもんハッタリに決まってんだろ」 「え?」 「リア姉は自分の仕度も朝になってからバタバタやってたんだぞ?カイェク先生に手紙書くヒマなんていつあるんだよ。あるわけないだろ」 そうなのでした。あれはハッタリ…というか、リーアのイタズラなのでした。だいたい「帰って来る途中の人」に、どうやって手紙を届けるというのでしょう。 「騙されたぁあーーーーー!!!」 「だいたいお前の国語の点が悪いのなんていつものことだし」 そんな話をしながら楽しく進んでいたのですが、ときどきユースは不思議なものを見ていました。おや、鏡だ…と思ったところが、なぜか次の瞬間には普通のざらざらした石の壁に変わっているのです。こんなことが何度もありました。以前に鏡だと思ったところはもう壁に変わっており、そしてまた別のところに鏡が現れるのです。 ユースはこのことをヒサギに話しましたが、ただの錯覚じゃないかと言われて終わりました。もう二人はこの探検に夢中で当初の目的を忘れてしまっていました。 収穫祭は三日間行なわれます。一日目は大人たちだけの祈りの日です。子供達はその間静かにお留守番をするのです。しかし、ユースのお父さんはやはりこの日までには帰ってこれませんでした。三日目には帰って来れるとのことでした。 一日目が終わった夜、ヒサギとユースの二人はとうとう神殿の深部につながっていると思われる、大きな扉にたどり着きました。扉の前面には何かがびっしりと書き込まれています。例の古語らしいのですが、やはり二人には読めません。扉には鍵がかかっていました。鍵穴だけがあり、錠はありません。 「この鍵を開けないと入れないな……」 ヒサギは針金を突っ込み、なんとかかんとかしようと試みましたが、もうランプの油が半分を切ろうとしていました。慌てたユースが「ちょっと俺もやってみる!」と場所を替わり、針金を押し込んだ瞬間でした。 ガシャ……という小さな音が“扉の中”から聞こえました。“扉の向こう側”ではありません。扉の内部。つまり、鍵が開いたような音がしたのです。 「お前…なにやった…?」 「いや別に…何も……」 扉がわずかに開きました。ここで二人はやっと当初の目的を思い出しました。 自分たちは『幽霊退治』に来たのだと。 |