4・カイェク到着
レトメーデ収穫祭三日目にカイェク先生(以下敬称略)は助手と共にハルニスの家に帰ってきました。当初の予定よりは遅れてしまったけれど、三日目のお祭りで子供達を遊ばせてやることくらいはできそうだな、とりあえず帰ったら落ち着いてお茶を飲みたいとかとりとめのないことを話しながら馬車に揺られていました。 収穫祭は三日間ですが、その一日目は大人たちだけのお祈りの日です。二日目と三日目は屋台などが出て子供達もいろんな出し物をしたり、特別なお菓子を食べることが許されるのです。早い話が、初日以外は単なるお祭りなのです。 しかし二人が家に着いたとき、そこはハチの巣をつついたような大騒ぎになっていました。馬車を降りるなり近所の人々が集まってきて「ユース君が!」「ヒサギ君が!」とわめくのです。何かあったらしいことは察しがつきましたが、不吉なのは、そのざわめきの中に「二人が死んだ!」「殺された!」という言葉を聞き取れたことです。とても冷静に話を聞ける状況ではありません。パニック状態でした。 どういうことかと人ごみをかき分けて家に入ると、子供達が泣いていました。そして居心地悪そうに頭をかいているシュウの姿がありました。何が起こったのか、カイェクはシュウから話を聞こうとしましたが、それをさえぎって警察が三人現れました。その中でも最も階級の高いと思われる少年が前へ出て、カイェクに向かって「あなたがこの家の主人か」と横柄な態度で言いました。カイェクは面倒なことになりそうだぞ、と助手に耳打ちし、椅子に座りながら答えました。 「この家の主人ねぇ…まぁそうですが」 「はっきり答えていただこう!」 カイェクのあいまいな答えに、まだ若い警察官は苛立った様子でした。そこでカイェクははっきりと言ってみました。 「私はこの子らの保護者と言ったほうが正しいでしょうな。この家の主人は別にいますので。私はただこの家の経済的な管理をしてるだけですよ。名義も私じゃないはずだ。調べてないんですか?」 少年警官はハッとして、横の部下を見やりました。どうやらそこまで調べてはいなかった様子です。少年警官は赤くなって「そんなことはどうでもいい!」と話を変えようとしました。カイェクもあまり経験を積んでいない様子の子をこれ以上いじめるようなことは言いませんでした。しかし、この少年警官ではおそらく話にならないだろうとも見て取っていました。 「何があったんですか。外の騒ぎじゃわからない」 「ヒサギ・ハルニスとユースタット・ジムを知っているだろう」 「ウチの子たちです。そいつらがまた何かやらかしましたか」 この二人の悪ガキぶりはカイェクも頭を痛めていたものでした。しかし今回の騒動は少し規模が大きすぎるようです。 「神殿に入り込み、国宝を盗んで逃亡した。二人の居場所がわかるまで指名手配する」 「国宝?どの?」 「あなたは知る必要の無いことだ。二人の居所を教えていただこう」 「ああそうだ忘れてた」 「何をだ!」 「おい、この人たちにお茶くらい出せ。私も飲みたい」 カイェクは助手に向かって言いました。長旅で喉が渇いていたのを忘れていたようです。少年警官は完全にフイを突かれて膝の力が抜けたようになり、部下に支えてもらう始末でした。助手がお茶を入れてくると「まあどうぞ座ってください」と警官たちに椅子をすすめました。少し喉をうるおしてから「で、なんでしたっけ?」とカイェクは話を促しました。 「ウチの二人が国宝を盗んで逃亡、居場所を教えなきゃ指名手配って話でしたね」 「そ、そうだ」 「しかし二人がどうやって国宝を盗んだっていうんです。神殿の宝物蔵には支神長しか入れないはずだ」 「抜け穴があった。収穫祭初日に二人はそこから侵入し、宝剣を盗んで逃亡したのだ」 「なるほど、盗られたのは宝剣ですか」 「あ」 再び少年警官が真っ赤になるのを見て、ころあいとカイェクは立ち上がりました。神殿の奥に国宝がいくつか納められていることは周知の事実でしたが、カイェクにはその中でも盗られたのが「宝剣」だけだというのがひっかかりました。他にも首飾りや腕輪、宝冠、宝杖などがあったはずです。 なぜ盗られたのが「剣」なのか。 なぜ二人はいなくなったのか。 なぜ「二人が殺された」と騒いでいる人たちがいるのか。 そしてこの少年警官の服装を見れば、首都に近いところから派遣されてきたことがわかります。収穫祭一日目に二人が宝剣を盗んで逃亡した、という報を聞いてから飛んできたにしては到着が早すぎました。一日や二日で来れる距離ではないのです。そして「指名手配する」と言った点から、もうすでにあちこち探し回ったのであろうことも推察できます。何もかも動きが早すぎます。 そして二人は見つかっていない。どこへ消えたのか。本当に死んだのか。この警察の動きはなんなのか。 「その神殿の宝物蔵を見に行きます」 「それはならん」 「なぜ」 「私たちの管轄だ。一般市民の入っていい場所ではない」 「顔色が悪いですね」 「うっ」 「何か嫌なものでも見たんじゃないですか」 「うるさい!」 「たとえば、緑色の…」 「………」 「なるほどね」 カイェクは少年警官を誘導尋問する体勢に入っていました。そばにいる二人の部下は、上司である少年が何か思い出して青くなっているのを見て、何もできずにいました。二人の部下も、カイェクの言う「嫌なもの」を見ていたからです。あまり思い出したくないのでしょう。大の大人でもおぞましいものを、少年警官ではなおさらでした。 カイェクはシュウのほうを向き、「おい、リアちゃんはどうした」と聞きました。その場にいなかったので不思議に思ったのでしょう。いつもならこのへんで出てくるはずなのに。 「リアなら、ちょっと実家に帰ってますよ」 シュウはけろりと言いました。しかしカイェクにこの話は初耳でした。 「なにっ!?」 「あいつ、16になったからなんか手続きが必要だとか言って…一週間くらい前に」 「なんで私に相談しなかった!!」 「えっ?だってリアが自分で決めて自分でやるって言ってたから…」 「馬鹿なことを…」 「え、なんで?」 「もうあの子、ここへは帰って来ないかもしれんぞ」 これを聞いた子供たちが「リア姉もいなくなっちゃうの?帰って来ないの?」とまた泣きました。ヒサギ、ユースに続いて、リーアもいなくなるということは、小さな子供達にとって脅威でした。 この時点で、先を見通すことができていたのはカイェクただ一人でした。事実、リーアはもう帰って来ないのですから。 小さな子供たちは泣き出すわ、上司は青くなっているわのごちゃごちゃした中、警官の一人が前に出て「カイェク殿」と声をかけました。四十を過ぎた痩せた警官でした。 「お久しぶりです」 「…どこかで会ったかな」 「あなたは覚えておられないかもしれませんが、私はよく存じております」 「そうか…。すまないが宝物殿へ案内してほしい。聞きたいことが山ほどある」 「はい」 少年警官を無視したところで話が進んでしまいました。彼は「命令無視だぞ!」「勝手な行動をとるな!」などと騒ぎましたが、カイェクも警官も、もう聞いていませんでした。カイェクは助手を連れ、さっさと外へ出て、相変わらず家を取り巻いている人ごみをかき分け、神殿へ向かいました。 三人は神殿に行き、普段は支神長(各都市にある神殿の最高責任者)しか出入りが許されない宝物蔵の中へ入れてもらいました。痩せた警官は、「この人は例の二人の保護者だから」と神殿の責任者たちを言いくるめてくれました。この警官は、昔カイェクに恩を受けたことがあるとのことでした。カイェク自身は覚えていないことでしたが、彼にとっては非常に大きなものだったようです。だから上司に逆らってでもカイェクに協力してくれたのだそうです。 普段、一般人が入れるところよりも、さらに奥深くに宝物蔵があります。支神長も青くなって「見ないほうがよいかもしれませんよ?ユースタット君の実のお父さんでしょう。ならなおさら…」と言って口を押さえました。助手はそれを聞いて、どうやら不吉なものが待っているらしいと感じ、「やめたほうがいいんじゃない?」と言ってみました。しかし「かまいません」と、カイェクはかまわず宝物蔵へ続く扉の鍵を受け取りました。 支神長は二度と見たくないというようにその場を去ってしまいました。警官も、あまり気は進まないようでしたが、覚悟を決めているようでした。助手はあまり乗り気ではありませんでしたが、カイェクが心配なのでついていくことにしました。 扉の鍵を開けると、きらびやかな光とともに、生臭い臭いが中から漏れてきました。 中は地獄でした。 |