8・通路
それにしても、馬車に揺られてやっと帰ってきたと思ったら家が大騒ぎで、話を聞いてみたら子供が二人いなくなったらしいがろくに調べられていないとわかり、神殿へ行って化け物を解剖し、子供の一人を腹の中から見つけ、もう一人の子の居場所を探し…とカイェクには大変な一日でした。今日一日の行動は自分が勝手にしたことだと、カイェクは自分に言い聞かせるほかありませんでした。警察の無能さを責めたくても、あんな子供警官相手ではそれもままなりません。 夜、彼がぐったりしてハルニスの家に帰ると、セイが部屋で酒ビン片手に飲んだくれていました。飲みながら泣いていました。 「珍しいな。お前泣き上戸だったか?」 「うっせーよ」 「その酒どうした」 「帰ってくる途中で買ったやつ。ヒサギと飲もうと思って」 「………」 「あいつ十五になったじゃん。だからさー美味い酒教えてやろーと思ってさー」 「………」 「したら死んでやんの。ばーかばーか」 そう言ってまたビンを持って飲むのでした。 「ばーかばーか。美味い酒知らずに死んじゃってさー」 「…あいつのことだ。とっくに酒くらい飲んでただろ」 実際、そうでした。ヒサギは酒の味をもう覚えていて、ときどき隠れて飲んでいました。セイだって別にそれを知らなかったわけではありません。 それでもセイは成人した祝いに、ヒサギに何か贈ってやろうと考えていたのでしょう。ハルニスの家に帰ってくる途中、自分が知っている中で一番美味い酒を買って来ていました。それなりに値ははりましたが、祝い物だからとカイェクにも内緒で買っていたのでした。 けれどセイが見たのはバラバラになったヒサギでした。これでは酒を飲ませてやることができません。おめでとうと言ってやることもできません。好物を作って食べさせてやることもできません。また何か新しいイタズラを仕掛けられることもなくなりました。憎たらしい言葉を聞くこともなくなりました。仕置きに食事を抜いて腹を空かせてやることもできなくなりました。もう何もしてやれなくなりました。もうヒサギは何もできなくなりました。 セイがくうくう泣きながら飲んでいるのを横目に、カイェクはベッドに倒れこみました。疲れきっていました。ぐったりしながらセイに言いました。 「お前は泣けるんだな」 「あー?」 「私は泣けなかった」 「ふーん」 「禍鳥の腹を捌くときに手が震えてな。二人とも死んで食われてたらと思ったら手が震えてな」 「ん」 カイェクが禍鳥を解剖するのに、珍しく手間取っていたのはセイも気付いていました。手が震えているのにも気付いていました。あえて何も言いませんでしたが。 「ヒサギが出てきたときは覚悟してたからか知らんが、けっこう冷静だったんだ」 「……」 「けどなぁあのときユースの死体も出てきてたら、どうなってたかわからん。気が狂ったかもしれん」 「……」 ヒサギは、レトメーデにある別の孤児院から逃げ出してきた子供でした。ハルニスの家に来たときは推定六歳で、三歳違いのユースと妙に馬が合ってそのまま居付いた子でした。二人はハルニスの家の中でも特に仲良く、兄弟のように育ってくれて、カイェクにとっては実の子同然だと思っていました。「この家は楽しい。ユースは本当の弟みたいで可愛い。いいやつ。他の子も生意気だけど可愛いよ」と言うヒサギのことを、大事に思っていました。 けれど、やはり違ったのでした。カイェクにとって、ユースは実の子で、ヒサギは他人の子なのでした。 「セイ、ユースは生きてるぞ」 「そう」 「それがわかったときは嬉しくてな」 「……」 「ヒサギには悪いが、ユースが生きてることが分かったら、やっぱり嬉しかったんだ」 セイは最後の一滴を飲み干すと、カイェクのベッドに一緒に横になりました。 「ヒサギの葬式とかどーすんの?」 「これから考える」 「それから、そのあと…」と何か言いながら、カイェクは眠ってしまいました。セイはカイェクの頭に自分の頭をくっつけながら「自分のガキのほうが可愛いの当たり前じゃん。真面目すぎんだよアンタ」と言いました。 翌日から、宝物蔵の掃除が始まりました。一応少年警官が指揮を取る形でしたが、実質はカイェクが中心となって化け物の処理をしました。関係ない人間を宝物蔵に入れることはできないという支神長の言葉に、仕方なく少人数で臨むことになりました。 カイェクが化け物を解体し、セイがそれを袋に包んでいきます。外に運び出すのは例の警官たち三人の仕事です。神殿の表から運び出せば早いのですが、頼むから裏道を通ってくれという支神長の頼みを断れず、遠回りになるけれど通路を使って外へ運び出しました。それらのものは「動物の死骸だ」とごまかして神殿の焼却炉で焼きました。 作業の途中で、青年警官がカイェクに聞いてきました。 「あの、初めてこの事件のことを聞いたとき、あなたはこの化け物のことを知っていたようですが、なぜですか?」 「神殿はたいていこの化け物を置いているらしい」 「ええ〜?」 「宝物蔵に生きたまま飾ってあるんだ。あちこち旅してて聞いた話なだけで、確信があったわけじゃないが、あの坊ちゃんの顔色があんまり悪いんでカマかけてみたら案の定だったわけよ」 「危ないじゃないですか〜。神殿はどうしてこんな化け物を飾っておくんです?」 「何かのいましめなんだとさ。しかし、ヘタに動きださないように仮死状態にして飾ってあるもんなんだがなぁ、なんで動き出したんだか…」 「仮死状態って…。なんで死んだのを飾らないんですか?」 「死んだら融けるんだよ、コイツは。グズグズに。どんな保存法も無駄だそうだ。だから仮死状態にさせて飾るしかない。急がないとコレも腐って融けだすぞ」 「うわっ」 それからあちこち飛び散って腐臭を放つ化け物の血を、きれいに拭い取りました。少年警官は「なんで私がこんなことを」のようなことを言いましたが、カイェクに蹴とばされて黙りました。 化け物の胃の中身だけは別にして、厳重に布でくるんで木の箱に入れました。ヒサギは収穫祭の夜に川に落ちて死んだと警察から発表してもらい、やっと葬式ができました。遺体の損傷が激しいからと、箱の中身は誰にも見せずに済みました。 そして、相変わらず行方不明扱いのユースと、盗まれた宝剣探しが続きました。少年警官はユースが通路内部にいることは知りません。あくまで宝剣を探すのだという名目で、カイェクは隠し通路に何度も足を運びました。隠し通路の中には、カイェクにしかわからない古語であちこち道しるべがあるのです。カイェクはこの中で迷うことはありません。「この通路の中に宝剣が隠してあるかもしれない。この中は私に任せて警察は外を探してくれ」と言って、警察とは別行動をとりました。 そうしてカイェクは中にユースがいるかもしれないという壁に毎日通いました。その壁に、古語で“オアシス(水飲み場、つまり休憩所の意味)”と書かれていたことからも、この中で人間が生きていけるだけの設備があることは分かっていました。しかし、どうも中に人間の気配がしないのです。けれど、ここ以外には考えられない。もしや中で死んでいるのだろうか。 彼は別方面から考えてみました。そうだ食料はどうしているのか。 カイェクはオアシスのすぐ近くに“食料庫”を見つけました。中には天井狭しと袋入りの非常食が詰まっていました。そしていくつかの袋が破られているのを見つけました。よく見ると、剣で切り裂かれているようでした。どうして素直に袋を開けるなり、袋ごと持ち去るなりしなかったのかはわかりませんが、ユースがここの非常食を食べて生きのびていることは確信しました。 一ヵ月後、ユースの指名手配が正式に決定しました。国宝窃盗、および隠匿の罪です。年齢を考慮して時効は三年。宝剣を返すなり自主するなりすれば減刑されるとのことですが、実刑を受けることは間違いありません。減刑されたとしても十年ほどは塀の中で暮らすことになり、体に罪人の証を入れられます。容疑者の生死は問わず、宝剣だけでも発見した者には報奨金が出るとのことでした。 例の“第三者”が存在する可能性についてカイェクは抗議しましたが、その人物に該当する人間がいない、ということで聞き入れられませんでした。これでは、カイェクの想定する“第三者”がこのお触れを見たとき、ユースの身が危なくなります。 カイェクは急いでオアシスに行きました。そのとき、初めて中に誰かの気配を感じました。それはユースがちょうど目を開けたときでした。カイェクはオアシスの扉を叩き、反応を待ちました。間違いなく、子供の気配を感じます。他には誰もいないようでした。少なくとも“第三者”はそこにいない。安心して話ができます。 「ユース、そこにいるのか?」 声は聞こえませんでしたが、確かに誰かが立ち上がる気配を感じました。相手も扉の内側からこちらの声を聞いているようでした。 「お前の指名手配が決まった。時効は三年だ」 「………」 「今は父さん以外、誰もいないぞ。一度出て来い」 「………」 「…お前が何で出て来ないのかは知らんが、こうなった以上は逃げるしかない」 「………」 「ちゃんと何か食べてるな?足りないものはないか?」 「………」 「そうだ、それからな…」 「………」 「ヒサギの葬式が済んだよ」 「………」 「化け物の死骸も処分した」 「………」 「誰に助けられたか知らんが、お前だけでも生きててよかった」 「………」 「剣もそこにあるのか?」 「………」 「宝物蔵にあった剣はそこにあるのか?」 「………」 「剣はここへ置いていけばいい」 「………」 「いいか明日だ。明日、また来る」 「………」 「明日この通路の使い方を教えてやる」 「………」 「どこへ行ってもお前は身一つで生きていける」 「………」 「三年の間、逃げまくれ!レトメーデには戻ってくるな!」 「………」 「明日のこの時間、扉を勝手に開けるからな。準備しておけ」 結局ユースは中から出てきませんでしたが、一応伝わっただろうとカイェクは考え、そこを離れました。そして翌日、同じ時間にオアシスに行きましたが、なんの気配もしませんでした。 まさかと思い扉を開けると、そこには誰もおらず、手紙が一つ置いてあるだけでした。 |